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写真を撮ると言うこと。生きると言うこと。

最終更新: 10月10日

写真に関する自分の考えなどを発信できればと思ってはいるのですが、なかなか発信できるレベルの考えに至らないですね... 最近、映画の「あん」という作品を見る機会がありました。 樹木希林さんの最後の主演作で、ドリアン助川さんの原作、河瀬直美さんが監督。 樹木希林さん、永瀬正敏さん、樹木さんの孫の内田伽羅さん、市原悦子さんなどが出演している映画です。 どらやきに入れる餡を題材にしていますが、物語の底辺にはハンセン病に関する問題(らい予防法による強制隔離と差別)が描かれ、少し重いテーマの映画でもあります。

今回は映画の感想を書くつもりはありませんので、ご興味のある方は「あん」公式ホームページをごらんくださいませ。 そして、お時間があれば映画もぜひご覧になってみてください。 さて、この映画の中でハンセン病に罹患し、中学生の時から療養所に隔離された生活を送ってきた樹木希林さん演じる徳江さんの言葉がとても心に響いたので、感じたことを書きたいと思います。

ねえ、店長さん。わたしたちはこの世を見るために、聞くために生まれてきた。だとすれば、何かになれなくてもわたしたちは、わたしたちには、生きる意味が、あるのよ。

誰でも成功したいし、地位や名誉も欲しいし、お金持ちにもなりたい。 誰かの必要とされたいと思うし、愛されたいとも思うし、認められたいと思うから、見栄もはるし欲も生まれる。 だから、SNSなどに一生懸命に書き込むし、自己啓発の本を読み、セミナーなんかにも参加したりするし、誰かの名言集などを読んだりもする。 元気に活動することが素晴らしいと思い込む。(※かつての自分の事ですね…) そして自らが囲いを作って凝り固まり、疲弊していってしまう。 今はコロナ禍の中にあり、ひとの心も弱って来ているのではと思います。

なぜ生きているのか、何の為に生まれてきたのか、何を求められているのか、これから何をすればよいのか。 そんな事を考え、自分が疲弊してきていることさえ気づかない。

何かになれなくてもわたしたちは、わたしたちには、生きる意味が、あるのよ。

成功しなくとも、お金持ちになれなくっても、名誉なんかなくっても、私たちは生きる意味がある。

樹木さん演じる徳江さんは、ハンセン病になってしまった為に、垣根で隔離された療養所での世界で人生を送り、なりたいものにもなれず、結婚して子供に恵まれても産む事が許されず、人としての幸せなど考える事ができなかった。 生まれて来た意味を繰り返し繰り返し考えて生きて来た結果の言葉なのかと思います。


わたしたちはこの世を見るために、聞くために生まれてきた。

僕は写真を撮ります。


絶景でもなく、映えるスポットでもなく、毎日の生活の中で誰もが目にする日常の風景を見て、撮って欲しいと言う風景の声を聞いてシャッターを切ります。

そんな写真でも10年後、50年後、100年後にどこかで誰かが見て「あぁ…」って何かを感じてもらえる写真が撮りたい。

記録ではなく、記憶を撮りたい。 それが僕にとっての写真を撮る意味だと考えています。


樹木希林さんが、夏休みが終わり新学期が始まった9月1日に自殺する子供が多いと知り、自らが亡くなる直前の9月1日に病室の窓から空を見上げ、「死なないで、ね……どうか、生きてください」とつぶやいていたという実の娘さんの手記を思い出し、劇中の徳江さんのセリフと虚実入り混じり、徳江さんは樹木さんの演じる架空の人物ではなく、もはやひとりの人間なんだなと感じました。 河瀬直美監督の真似したくなるほどの美しい映像にくわえ、かすかに聞こえる”音”がとても美しい映画でした。

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